東京地方裁判所 昭和52年(ワ)4982号 判決 1978年1月31日
主文
東京家庭裁判所が同庁昭和五二年(家)第三一九五号遺言書検認事件につき、昭和五二年五月一〇日検認した遺言者庄田吉勝の自筆証書による遺言は無効であることを確認する。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、その請求の原因として次のように述べた。
一、東京都新宿区若宮町一一番地亡庄田吉勝(以下吉勝という)は、昭和五二年三月二五日事故により死亡した。当時吉勝には配偶者と原告、被告を含む八人の直系卑属(うち三人は昭和四六年以降出生した非嫡出子)がおり、右九人が共同相続人となつた。
二、被告は東京家庭裁判所に吉勝の遺言書として別紙記載の遺言書の検認を申立て、同裁判所は同庁昭和五二年(家)第三一九五号遺言書検認事件としてこれを受理し、同年五月一〇日これを検認した。
三、右遺言書はいわゆる自筆証書による遺言書の形式を有するものであるが、その作成日附として「昭和四拾壱年七月吉日」と記載されており、当該の月暦日が特定していない。従つて本件遺言書は年月のみの記載があつて日の記載のない場合ということになり、日附の記載のない無効のものというべきである。
四、なお、吉勝の女性関係は複雑で、吉勝は、対女性、対子供関係において愛憎の情が入り乱れ、喧嘩と和解をくり返しており、吉勝と和協のとれた者には「俺の財産はお前のものだ」といつたり、一時的にも吉勝に反抗する子供には「おまえには一切財産をやらないぞ」といつたりし、喧嘩のあとの和解の際には本件遺言書のような文書を相手に渡すことが珍らしくなかつた。また、右遺言書作成後死亡までの間に一〇年余の歳月が流れ、その間吉勝は三人の非嫡出子をもうけ、財産も数倍にふやしているのであるから、右が吉勝の最終の意思であるとは到底考えられないし、他に本件遺言書と前後していずれが有効な遺言書であるかを確定する必要のある遺言書が出現する可能性も存するのである。
五、被告は本件遺言書による遺言が有効であるとの前提で吉勝の遺産を分割しようとしているのであるから、原告は被告に対し右遺言の無効確認を求める。
(立証省略)
被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として次のように述べた。
一 請求の原因一の事実は認める。
二 同二の事実は認める。
三 同三のうち本件遺言が自筆証書による遺言の形式を有し、その作成日附として「昭和四拾壱年七月吉日」と記載されていることは認めるが、右が自筆証書による遺言の要件を欠く無効なものであるとの主張は争う。
元来自筆証書による遺言において日附が要求されるのは、(1)遺言者の遺言能力の有無を確定する基準時とするため、(2)遺言の方式選択の範囲を決定する基準にするため、(3)複数遺言の存する場合その作成の前後を確定するための三点であるところ、本件においては、右三点につき何ら遺言書の日附を基準にして判断することを必要とする事柄はない。すなわち吉勝は昭和四一年七月中に遺言無能力者になつたことも、特別方式による遺言を必要とする状況におかれたこともないし、複数の遺言書を作成したこともない。従つて民法九六八条一項を形式的にのみ解釈して暦日の特定がないという一事をもつて本件遺言を無効とすることは、相続に際し被相続人たる遺言者の意思をできるだけ反映させようとする遺言制度の根本目的に反する解釈であり妥当でない。
仮に自筆証書遺言には日附の特定が必要不可欠であるとしても「吉日」とは「大安」を指すものと解すべきであり、昭和四一年七月の大安は二日、七日、一三日、二三日、二九日の五日であるから、本件遺言は日附が五箇記載された遺言というべきである。そして民法一〇二三条(抵触する後の遺言または処分による取消)の趣旨から反証のない限り後の日附の日に完結された遺言として取扱うべきであるから、本件遺言は最終の大安日たる七月二九日に完結作成された遺言と解すべきである。
また「吉日」を「大安」と解することが困難であるとしても右複数日附記載有効の法理を本件に適用するならば、本件遺言は昭和四一年七月の一日ないし三一日まで三一個の日附の記載のある遺言であり、その最終日たる七月三一日に完結作成された遺言と解すべきである。
四 同四の主張は争う。吉勝は、被告を信頼し、仕事上被告の協力を得、家庭生活上被告の世話を受けて来たので、被告に本件遺言書を書き与えたのであつて、他の何人にも本件のような文書を書き与えたことはない。もし吉勝が他の相続人にも遺言書を書き与えているとすれば、既にそれが出現している筈であるのに、今日に至るも本件遺言書以外の遺言書は全く出現していないのである。
五 同五の被告が本件遺言を有効なものと主張しているとの点は認める。
(立証省略)
(別紙)
遺言書
一、庄田吉勝は庄田智恵子に左記の事を書きをきます。
一、庄田吉勝所有の全財産は庄田智恵子が二分の一を相続する事
残り二分の一は横尾律子を除く其他の相続人にて協議して解決をする事
一、横尾律子には遺産分割をしない事
一、庄田一信の後見人は庄田智恵子がなる事
右後日の為書きのこしをきます。
昭和四拾壱年七月吉日
庄田吉勝
庄田智恵子殿